散文/不器用で優しいひと

「百華(パイファー)、どこへ行くの?夜風は体に障るでしょう。」

「…妃(フェイ)か。こんな夜分に何してる?」

「……予感がしたの。あなたが、王(ウアン)に黙って居なくなるんじゃないかと。」

「……。まったく…お前の予感とやらは、矛よりも研ぎ澄まされてるな。」

「戻りましょう。そもそもあなたはもう、ひとりで下山できるような体ではないのだから。」

「…情けねぇ話だ。この俺が。」

「今だけを切り取っては駄目よ。誰しも衰えるものだわ。でも、あなたが歩んできた道は消えない。その全てが、百華の生き様でしょう。」

「だから尚のこと虚しいのさ。」

「…あなたが居なくなろうとしてる理由は違う。」

「……」

「自分に死相が出る前に、それを王が見てしまう前に、去りたいのね?…王が力を使わなくて済むように。」

「……お前怖いぞ、妃。」

「あなたの気持ちはわかるけれど、思い直して欲しい。」

「…お前等は、力を使う時、苦しいんだろ。…辛いんだろう。」

「ええ。」

「俺はずっと…一番近くで、あいつが力を使う様を見てきた。何度も。脂汗を垂らして、体を震わせながら、最後は目の前で倒れちまうんだ。もう…充分だろ。俺は生き長らえたいとは思わん。王に無駄に力を使わせたくは…ないんだ。わからねぇか、妃。」

「……。…百華、せめて。どうしても去ると言うなら、王を説得して。向き合って話をして、きちんとさよならを言って。言ってあげて。」

「…」

「王は、これだけ長い時が経っても、宗烈帝 (そうれつてい)のことを忘れられないのよ。ああ見えて、まだ、悲しみに囚われる時がある。あなたまで突然居なくなったら、あのひとは……」

「……、、」

「百華、」

「わかった、わかった…。」

「……ありがとう、、ごめんなさい、あなたの生き方に口を挟んだこと。」

「お前、さすがは王の妻だな。このくらいの器じゃねえと、綿毛みてぇに飛んでくあいつには、付き合ってられねぇだろうよ。」

「…綿毛……ふふ。」

「…妃よ。悲しみってやつは、消えねぇもんなんだな。」

「そうね。」

 

「癒えはしても、消えることはないんだわ…」

 

 

晩年、病に倒れた百華。

(この時、銀果はすでに山を去っている。長く人間と山霊間の外交を担って来た銀果は、人間と共に暮らす道を選んだ。)