「……あれが王(おう)なんだ」
「なんだよ、美鷂(メイアオ)」
「私の時代は終わったんだなぁ」
「はあ?それ妃(フェイ)が生まれた時も言ってたぞ」
「冥(ミイン)ちゃんが何も感じないのは無理ないけど。いいなぁ〜鈍感でいられて」
「……」
「冥ちゃん早く、こっち来てよ!髪やって!もぉ。痛いの、ほどいてよ!」
「騒ぐんじゃねー、見えなくても自分でできんだろ!」
「絡まりそうなんだよー。この簪(かんざし)好きじゃない。それに今日の人、うまくなかった。何で人間に任せたの?私の髪は冥ちゃんがやってよ」
「俺がそんな器用なわけねぇだろ」
「そういう問題じゃないんだよ。冥ちゃんがへたくそなら叱れるもん」
「……。はいはい、はい…」
「梳いて」
「……ん」
「冥ちゃんて器用だと思うけどな。自分の髪するのも上手だよ。その前髪は切って欲しいけど」
「手前(てめえ)の供(とも)する時はちゃんと上げてんだろ…文句言うな」
「ねぇ冥ちゃん、その簪あげる」
「いらねー」
「もらえるものはもらっときなよぉ。見た目だけはきれいだよ。あ!近々麓に行商が来るから、何か欲しいものと交換したら?」
「ほっとけよ」
「もぉ……」
「……」
「……冥ちゃん。王は……王たる力を持つから王たり得る。私より上ってことだよ。」
「……」
「私が今まで積み上げてきたものを、ただ生まれただけで、超えてきた。面白くない」
「……あー、…はぁ、なるほど」
「私は、何を求められてるか弁(わきま)えてる。期待に応え続けてる。王はどんな生き方をするんだろう……」
「生まれてしばらくは擬態すらできねーし、誕生祭は秋だろ。んで、冬のあいだは眠る。王がどんな力を持ってんのか…わかるのはその先だぜ。何を焦ってんだよ、あんな小せぇ命に」
「焦ってなんかない。王の誕生祭では、私が王をこの手に抱いて花符(かふ※)を施すんだから。それを私の誇りにする。この霊峰についに生まれた王がどんなものか、私が見定めてあげる…」
「えっらそー…」
「冥ちゃんにはわからないよ。使命がないんだもん」
「……なら、よ、釣り合う奴と連めば?手前に尽くしたい奴ならすぐ見つかるだろ、聖母様、なんだから」
「だめだよ冥ちゃん。そんなこと言って、私から離れて困るのは冥ちゃんだからね」
「それ聞き飽きた」
「そおだ、冥ちゃん。さっき百華(パイファー)を見た?あの子も随分腐ってたけど、大役に恵まれて立派な天啓者になったね。ねぇ冥ちゃん?……きいてる?」
「悪ィけど俺ほんとに何とも思ってねえから。天啓があるとかねえとか」
「私の前では強がらなくていいのに」
「今日もういいだろ。帰るわ」
「だめ」
「……」
「だめだよ」
「……はー、」
「冥ちゃん」
「あーー!美鷂!嫌いだ!!」
「えー……じゃあなんでいつも私のそばにいるの?」
「お…っ…、…俺と居たがるのは手前のほうだろーがっ!」
「居たがるんじゃなくて、居てあげたいの」
「……つ、疲れた、俺は」
(※)生まれながらに人間を救う力と使命を持った「天啓の名叢」が、その力を他人のために使うことを意味する言葉。美鷂は赤子に精気を与える能力を持っていた。
美鷂は冥を同性の幼馴染みと認識していたから、女性的な礼装をさせたり、自分が使わなくなった髪飾りをあげたりしていた。総じて冥の好みではなかったが、美鷂は冥に似合う衣装を真剣に見立てていたので、嫌がらせや哀れみなどではなかった。束縛の一環。
冥の棲家には、美鷂に押し付けられたきれいな髪飾りがいくつもあっただろうに。自分に好意を持ってくる女の子に優しい言葉で笑いかけて、髪に挿して、「あげるよ」と手放していった。でも最後のひとつになったらそれができなくなって、書物や筆記具に紛れ込ませ忘れたふりを続けている。