玉(ぎょく)が地に叩きつけられたような、胸がざわつく音がとどろいた。
驚いた青霞(セイカ)が駆け付けると、當王(とうおう)の足もとには砕けた器が散り散りに広がっていた。
彼が好んで使っていた高坏(たかつき)の酒器だ。
釉裏紅(ゆうりこう)で鳳(おおとり)の描かれた珍しい品だった。
「當王様、お怪我は?」
そう妻が言い終える前に、「近寄るな」と落ち着いた声で呟く。
「怪我はない。片すまで出ていろ。」
青霞は常に、夫の額の大きな傷痕に目線を遣らぬよう意識していた。しっかり目を捉えて話す。
「侍女を呼びます…」
「いらん、自分でやる。」
青霞を見ることなく視線を落とした當王は、屈んで割れた器に手を伸ばした。大きなものから丁寧に拾い上げていく當王の手付きは、矢じりのような破片を恐れもせず、指の腹でしっかり掴んでは、対の掌に乗せていく。それが愛着への別れを惜しんでいるように映り、青霞はまだ夫となって日の浅い彼を、上手く慰める言葉はどんなものかと、思案した。
「気に入っていらしたのに…今日の晩酌は寂しいですね。」
「…気遣いは不要だ。もう下がれ。」
指先ひとつぶんもこちらに歩み寄らない夫に、宝石に喩えられたほどの美貌を以って輿入れした青霞の少しばかりの自負は、まるで床に散乱した焼きものと同じ。
慈しんで拾われているぶん、器のほうが上であるとすら感じた。
「…はい。」
青霞はわかりやすく落胆した声を発した。
當王は、指先で摘むほどの小さな欠片までも掌におさめ、腰を上げると
「……本当に、慰めはいらん。あえて割ったのだ。」
「…え?」
「すっきりした。」
「…ご自分で、あえて?…何故です?」
「使いこむほどに、良い器だと思ったのだ。そのうち、壊れてしまった時のことを考えるようになった。それが煩わしかったのさ…」
青霞は固唾をのんだ。息を止めた。
明日の天気の話でもするかのように、當王の声には抑揚がなかった。
「この世の全ては壊れるようにできているのだから。それを恐れながら愛でるくらいなら、自分の手で壊してしまったほうが良い。」
横を素通りしていく彼の背中に、青霞は乾いた唇で「どこへ?」と訊ねた。
「土に埋めるのだ。山へ捨てても川へ投げても、日が当たれば光に輝く。そうなれば誰かが拾うだろう。埋めてしまえば、これはずっと私のものだ。」
當王は歩みを止めないままそう言うと、部屋の外へといなくなった。
青霞は、これから夫をどう理解すればいいのか、急に目の前にかかった靄の中で目を泳がせ、立ち尽くしていた。
床にはぽたぽたと数滴、器の鳳の紅が溶け出したような血が落ちていた。
(王に出逢う前。當王と呼ばれていた頃の由璋の話。)